その2(2011年)

【登場人物】
谷原優介(主人公のサラリーマン)
加藤ジョージ(主人公の友達のエリートサラリーマン)
谷原絵里(旧姓、鞍月(くらつき)、主人公の妻)
谷原健人(主人公の子ども)
伊刈万寿夫(主人公の上司)
信野伸介(主人公の部下)
天井ミク(主人公の部下)
滝沢コトミ(主人公の会社に以前働いていた社員)
 
【その2 写真の想い出】
【シーン1】
~(ナレーション)
我らが谷原優介と絵里は、休日の午後、二人仲良く、「恵比寿ガーデンプレイス」を歩いていた。
絵里、
「珍しいね。優介君が、美術館に出掛けようなんて。」
谷原、
「えぇ、まあ…、芸術の秋でしょ。少しは、芸術でも勉強しようかと。」
絵里、
「芸術の秋ねぇ。もうクリスマスのイルミネーションの時期なんですけど~。」
谷原、
「う。」
絵里、
「まあ、いっか。たまには、二人で出掛けるのも。」
谷原、
「そ、そうだよ。たまには。ハハ。」
絵里、
「帰りに、美味しいモノ、食べて行こ。…アト、健人を見てくれてるミクちゃんと信野くんにもお土産買わないと…。」
谷原、
「さ、着いたよ。「東京都写真美術館」。」
~(解説)
東京都写真美術館」とは、東京都目黒区にある写真・映像専門の公立美術館である。地下1階、地上4階建て。壁面の巨大な写真プリントが目を引く。収蔵点数は、約25,000点。1階ホールでは、マニアックな映画も見られる、恵比寿ガーデンプレイスの人気スポットの一つ。」
谷原(心の声)、
「美術館に行こうと言ったのには、訳があったのです。それは、数日前…。」
【シーン2】
携帯の着信音
谷原、
「もしもし。」
谷原の母、
「優介かい?、母さんだよ。」
谷原、
「ああ、母さん。どうしたの?」
谷原の母、
「優介、この前、健人の写真、メールで、送ってくれたね。」
谷原、
「うん。どうだった?」
谷原の母、
「良かったよ。とても良かった。それでね、あの写真、市がやってるフォトコンに出したの。」
谷原、
「フォトコン?ああ、写真のコンテストのこと?うん。」
谷原の母、
「そしたら、金賞もらっちゃった。」
谷原、
「すごいじゃない!」
谷原の母、
「新聞にも載ってね。それを少し友達やご近所に自慢したら、今度、私の他の写真を見たいということになったの。」
谷原、
「「私の」、って、母さんが撮った写真じゃないのに?」
谷原の母、
「ウソついちゃった。テヘ。」
谷原、
「テヘって…。」
谷原の母、
「とにかく、母さんが撮った写真を今から送信するから、良い写真を選んでちょうだい。」
谷原、
「ええ~っ。」
谷原(心の声)、
「…ということで、母から、大量の写真が送られてきたのですが、…どの写真も、旅行の風景や庭木の写真など、単なる記録写真にしか見えず…。」
(電話の呼び出し音)
谷原の母、
「もしもし。見てくれたかい?」
谷原、
「俺も素人だけど、写真どれもイマイチだね。」
谷原の母、
「やっぱり、そうかい。」
谷原、
「特に、父さんの顔のアップの写真ばかり、あれ何?」
谷原の母、
「優介、写真家「梅佳代」の写真集「じいちゃんさま」、知らないの?」
谷原、
梅佳代は、知ってるけど、全然違うでしょ!」
谷原の母、
「似たようなもんだと思うけど。」
谷原、
「みんなに本当の事、話したらどうかな。」
谷原の母、
「じゃあ、優介、代わりに撮ってくれない?」
谷原、
「えっ!」
谷原の母、
「お願い!頼んだよ。」
音楽…明石家さんま「真赤なウソ」
【シーン3】
~(ナレーション)谷原優介は、自宅で、息子の健人をモデルに写真を撮っている。
谷原、
「ほら、健人、コッチ向いて~。チーズ。」
健人、
「あ~。チーズ。」
カシャ(カメラのシャッター音)
谷原、
「うーん。これも、パッとしないなあ。じゃあ、健人、今度は、このヌイグルミのネコちゃんをダッコしてみようか。はい、チーズ。」
健人、
「あ~。チーズ。」
カシャ(カメラのシャッター音)
谷原、
「ドレドレ…。ううーん。」
加藤、
「ど~う~し~ま~し~た~?た~に~は~ら~く~ん。」
谷原、
「何、加藤、その話し方?ていうか、どこから出てきた??」
加藤、
「せ~ん~じょ~カ~メ~ラ~マ~ンの~、わ~た~な~べ~、よ~う~い~ち~で~す~。」
谷原、
「聞いてて疲れるから、それ、やめてくんない?」
加藤、
「ボ~キ~も~、つ~か~れ~る~の~で~す~。」
谷原、
「なら、やめろよ。」
加藤、
「それは、2008年発売のデジタル一眼レフキャノン、EOS・KISS・X2だぁね?」
谷原、
「ああ、コレ?健人が生まれた時に、写真を撮ろうと思って買ったヤツ。」
加藤、
「ふうん。谷原君は、デジタル一眼レフとコンパクトデジカメの違いを分かって、それを選んだのかい?」
谷原、
「いやぁ、当時のテレビCMにつられてさ。ペンギンとか、ライオンの子どもをその親が写真に撮るCM。一眼レフカメラとコンパクトデジカメの違いって、正直、分かんない。」
加藤、
「そもそも、一眼レフとは、文字通り、「ひとつ目」のこと。使い捨てカメラを思い出して欲しいけど、あれは、撮影用レンズの他に「ビュー・ファインダー」、素通しの、のぞき窓があったっしょ。対して一眼レフは、「レフレックス・ミラー」、反射鏡を使い、撮影用レンズの画像を、ファインダーから覗けるようにしたもの。」
谷原、
「それだと、何が良いの?」
加藤、
「撮影レンズの画像を見て写すから、イメージ通り、ほぼ見たままの画像を撮影できる。撮影用レンズとファインダーが別だと、特に近景を写す場合、実際見ているものと、撮影したものとどうしても位置のズレが出るし、フレーミング、つまり被写体の写真への収まり具合もイメージと違ってくるのでぇす。」
谷原、
「なるほど。」
加藤、
「また、一眼レフも、コンデジも、同じデジタルカメラだけど、「撮像素子」の大きさが違~う。」
谷原、
「サツゾウソシ?」
加藤、
イメージセンサーのこぉと。例えると、記録するフィルムの大きさが違う感じ。一般にデジタル一眼は大きく、コンデジは小さい。同じ画素数でも撮影素子の大きい方が、色の表現が豊かだったり、細部まで鮮明、また背景のぼかしの表現など多彩だったりしまぁす。」
谷原、
「うんうん。なるほど。」
加藤、
「でも今は、コンデジでも性能的に一眼レフと変わらないものもあるし、ミラーレスのデジタル一眼もあるし、まあ、多種多様、色々だねぇ~。一眼レフは、撮るのが難しいと思う人もいるけど、撮影できる限界がコンデジより高いから実際は簡単だね。」
谷原、、
「写真の撮り方にも詳しいの?加藤。どうやったら良い写真が撮れるか教えてよ。」
加藤、
「ハッハッハッハ、イヤだ。」
谷原、
「なんで?」
加藤、
「なんでか知らんが、イヤだよ~。」
音楽…HIGH-LOWS「オレメカ」
【シーン4】
東京都写真美術館
絵里、
「面白かったね、美術館。」
谷原、
「う、うん…。」
谷原、(心の声)
「…写真美術館に撮影のヒントを探しにきたものの、やはり、そう簡単に見つかる訳もなく…。ハア、どうしよう…。」
富士礼華(フジ・ライカ
「スミマセン。1枚いいですか?」
谷原、
「え?」
礼華、
「お二人の写真を撮らせて下さい。」
谷原(ナレーション)、
「振り返ると、黒く細いスーツを着た、30代後半位に見える女性が、カメラを手に抱えていた。」
礼華、
「この辺の写真を撮影していて、お二人の姿も撮りたいのですが。」
谷原、
「ええ?」
絵里、
「いいですよ。安部君、撮ってもらおうよ。」
カシャ(シャッター音)
礼華、
「ありがとうございました。コレは、私の名刺です。」
谷原、
「はあ…。」
谷原(ナレーション)、
「名刺を受け取ると、そこには、関西地方のある美術館名とその女性の名前が書かれていた。」
谷原、
「フジ・ライカさん?ライカ?」
礼華、
「フフフ。思い出した??谷原優介!」
谷原、
「あ~っ!礼華さんっ!」
礼華、
「ひっさし振りだねぇ!もう20年だよ。」
谷原、
「礼華さんは、なんでココに?」
礼華、
「名刺見たでしょ。仕事で、東京都写真美術館に来たんだよ。今、地方の写真美術館の学芸員やってる。しっかし、こんなトコで会うなんて、スゴイ偶然だねぇ。」
谷原、
「そうだね。」
礼華、
「奥さん?」
優、
「ええ、はい。絵里です。」
礼華、
「言ってもいい?私、直感鋭いから、分かるけど、アンタたち、別れる気がする。」
谷原、絵里、
「え~っ!!!」
【シーン5】
~カジュアルなフレンチレストランの雰囲気
BGM、食器の音。
絵里、
「さっきのヒト、なんて失礼なの!!!あ~、せっかくの外食が美味しくない!」
谷原、
「ご、ごめんね。絵里ちゃん。」
絵里、
「優介君が謝ることじゃないよ。て言うか、優介君は、なんで怒らないの!!!」
谷原、
「いや、礼華さんは、昔からあんな感じだから。でも、なんであんなコト言ったんだろう。」
絵里、
「大学の時の友達って、どんな感じだったの?」
谷原(ナレーション)、
「僕が、富士礼華さんと知り合いになったのは、大学の2年の夏で、彼女は、その時、芸術学部4年生でした…。」
【シーン6】
~大学時代のキャンバス
礼華、
「写真、撮らせてもらっていいですか。」
谷原(ナレーション)、
「…キャンバスで、声をかけられた。それが、彼女との出会いでした。彼女の学部は、練馬区江古田のキャンパス、僕は水道橋でしたが、バイト先が、水道橋に近いということで、それからは…」
礼華、
「よっ、谷原優介君、今、ヒマ?」
谷原(ナレーション)
「と、よく声を掛けてきました。…彼女は、大学4年生でしたが、僕よりずっと年上の25才。山陰の地方都市に生まれた彼女は、県外に出た事もないほどの、良家の「箱入り娘」でした。高校卒業後は、親の希望通り、地元の簿記の専門学校へ通っていましたが、突如、触ったこともないカメラに目覚め、大学進学を決意。大学試験には合格したものの、親が許さず、一年目浪人。その後、地元で、自分の学費を稼ぐため、写真屋のアルバイトと新聞配達を掛け持ちし、ニ年目も浪人。結局、3年目に、バイト先で、馴染みのお客さんにもらった古いカメラを手に持ち、親とは勘当同然で上京。オマケに去年卒業のハズが、海外を放浪したため1年留年と、僕のとはカナリ違った人生を送っていて、そんな彼女の情熱的で、きまぐれで、負けず嫌いな生き方が少しうらやましく、眩しくて…。」
礼華、
「みんな卒業しちゃって、授業に出てもつまらないし、付き合って。」
谷原、
「礼華さんは、卒業したら、どうするの?」
礼華、
「考えてない。アルバイトの喫茶店は続ける。」
谷原、
「写真は?」
礼華、
「もうやめる。」
谷原、
「写真やりたくて、大学、入ったんじゃないの?もったいない。」
礼華、
「やりたいことは、やった。この先、写真はやらない。」